オステオパシーと伝統中国医学

アプレジャーインスティチュートジャパンで通訳を担当していただいている中野史朗先生より、アプレジャー博士の記事「オステオパシーと伝統中国医学(The D.O. 1977年7月)」を翻訳していただきました。

 

オステオパシーと伝統中国医学(The D.O./July 1977)

J.E.Upledger D.O,FAAO

伝統的な中国医学である鍼灸をオステオパスがその治療技術に取り入れることは、そもそも鍼灸の哲学がオステオパシーの哲学と相反することがない為とても有効ではないかと考える。オステオパシーと鍼灸という二つの治療体系は人間の健康と病への考え方、そして治療の目的においてもその見方が共通している。両方の治療体系の間に矛盾があるとするなら、それは文化的な相違によるものであり、それが異なった診断と治療の方法を発展させたに過ぎない。

伝統中国医学もオステオパシーも生命力という概念を重視している。伝統中国医学では「気(生命力)」という言葉を多用する。「気」は皮下組織を流れ、外部からの病を引き起こす「邪」から身体を守り、この「気」が損なわれると病気になると考えられている。「気」の働きを整え高め、そしてホメオスタシスを回復させる事が医師の役割である、とされている。

頭蓋オステオパシーにも我々の生命と健康に必要不可欠なエネルギーを持つ脳脊髄液が一定のリズムで流れている事を「第一次呼吸」と呼び、それは電気的にも計測が可能である。そして「気」あるいは「脳脊髄液」の流れが妨げられると生理学的機能障害、ホメオスタシスのアンバランス、そして病気へと発展していく。

オステオパシー、そして伝統中国医学でも身体の健全性の為には動きが重要と考える。動きが失われる事で健康が損なわれ、さらに病がもたらされる。さらにはそれが「気」でも体液、脊椎の関節、頭蓋骨、あるいは他の構造体でも、それらの動きを回復させる事で必ず幾らかの治癒をもたらす事が可能、と両医学は同じ結論に達している。

伝統中国医学は全ての病は陰(守り、内的で暗くマイナスで冷たく女性的なエネルギーと表現される)と陽(広がり、表層的で軽くブラスで温かく男性的はエネルギーと表現される)のバランスが崩れることにより引き起こされるとしている。純粋な陰も陽も存在せず、全ては陰陽の要素どちらも含みながらそのどちらかが本質的に強い状態で存在している。そして健康を維持していく為には陰陽の微妙なバランスがとられている必要がある。陰的な病はゆっくりと致命的であり、患者は冷え、衰弱していく。陽的な病は急性的であり、発熱や腫れがあり病状は急激に変化する。

陰は副交感神経、陽は交感神経と考えることも出来る。オステオパシー哲学でも全ての疾患は最終的に自律神経のこの二つの神経のアンバランスが関与すると見ている。オステオパシー手技による治療の一つの方向性としては少なくともこのアンバランスを改善することであり、鍼灸治療の方向性が陰と陽のバランスを回復させる事に向けられているのと同様である。

オステオパシーも中国医学でもその治療の目的は個人の健康を良い状態にすることであり、病の原因を見出す為にしっかりとした原則があり、単なる対処療法では無い。

ストレスとは外部からあるいは内部で発生し、人体を弱め本来持つ防御機能を低下させることで疾患へと繋がる、と両医学でも考えている。中国医学を修めた医師は常に「外邪」あるいは「内邪」のどちらが患者を消耗させているのかを診ている。どんな病でも患者の持つ「気」エネルギーの低下無しには起きず、そのエネルギー低下の原因を見つけ同時に患者がどのようにそれらの「邪」と付き合うか助言することが医師の務めである。食生活の改善も治療の一部であり、同時に患者のメンタルに対してだけでなく避けるべき物事にまで医師の助言は及ぶ。

つまり伝統中国医学は患者全体を診ているーそれは患者の人となり、仕事、嗜好、環境、精神状態、余暇などである。医師は患者の今の病気だけでなく、その病気を引き起こす事に繋がったと考えられる周辺環境にまで気を配る。勿論言葉も細部も異なるが、中国医学の根底に流れる考えはオステオパシーの健康と病に対するホリスティックなアプローチと一致する。

中国の医師もオステオパスも病気が顕れる前に対処することをよしとする。鍼灸では脈診という診断体系を発展させた。それは脈を12種類に分類しそれらを12経絡及びそれぞれの経絡を司る臓器と対比させる診断方法である。鍼灸師は定期的に患者の脈を診ることで経絡のホメオスタシスのアンバランスを修正し病気を予防するのが理想的である。

オステオパシーは違う手法を用いながら同じ目的を持ち患者を診る。オステオパスも筋骨格系と内臓との関係を脊椎の状態で診る他、頭蓋仙骨系の検査することで実際の症状が現れる前にそれに関係する臓器を予測することがある。

生ける身体の機能を診る為、中国医学は経絡、あるいは「気」の流れるルートの存在を見出した。オステオパシーの研究者も神経筋骨格系を詳細に研究することにより、生体内におけるその機能を見出す事となった。両医学のアプローチは確かに正反対の方向から始まるが、同じ結論に達しているーそれは構造=機能、ということである。

伝統中国医学はオステオパシーと同様、解剖学を重視している。両医学とも解剖学の詳細な知識は重要と考えるが、両者の解剖学の定義はかなり異なっている。中国医学は「気」が流れる経絡と経穴の詳細とそれらが司る内臓への影響を重視するが、西洋医学は個々の構造体の解剖とそれぞれの系を重視する。つまり西洋的な考えではそれぞれの構造体の詳細な解剖に重きがおかれ、中国的な考えではその結果によるエネルギーの働き、つまり個人の代謝の状態を重視していると言える。両医学とも効果的であるし、身体の正常・異常も両方の医学の観点から理解することが出来る。

オステオパスも鍼灸師も様々な反射を利用し人体のホメオスタシスにアプローチする。それはオステオパシーでは体性内臓、体性体性反射で鍼灸では皮膚内臓、皮膚体性反射である。しかし数世紀に渡り鍼灸師は鍼灸治療の効果を低下させる構造体の位置異常をも治療する技法を使っていた。同様に皮膚反射を使うのはオステオパシーでも新しいものではない。

鍼灸の背部兪穴とオステオパシーの脊椎分節と内臓の関連性には重なり合う事が多く、チャップマン反射点は鍼灸の募穴との一致がよく見られる。伝統的な中国医学ではこれら兪穴や募穴を治療では触診する。兪穴、募穴、トリガーポイント、脊椎分節領域あるいはチャップマン反射と様々に呼ばれるが、それらは一様に似たような生理学的効果を持つようである。東洋、西洋とも独自にそれらの発見に至ったが、それらの点・ポイントからは重要な情報を得る事が出来る為、それが両医学に信頼を与えている。

それらの点・ポイントは様々な方法で治療することが出来る。マッサージ、筋膜リリース、相互緊張バランス、オステオパシー病変への矯正技法、鍼、生理食塩水やステロイドの注射等々。あるポイントにはある技法の方が効果的な事もあるので、どの技法を選択するかは個人の技量の見せ所でもある。全ての方法を手中に収めていた方が良い。

伝統中国医学もオステオパシーもその哲学と技法のいくつかに科学的なエビデンスが見出せないという強い批判を受けてきた。両医学の成し遂げた治療効果は常々「気のせい」、「催眠術」や「信仰治療」と言われ、正当な評価を得られない事もあった。西洋の科学はそれ自身の考えで自らの首を絞めているようである。

鍼灸もオステオパシーもその治療技術には違う所も似ている所もある。両者の哲学は多岐に渡る文化を基礎にしているが、その根底には人には自分自身で治す力があると、いうホリスティックなアプローチが共有されている。治療では上手く行くことも行かないこともあるが、私の経験では鍼灸とオステオパシーは上手く補完しあえる治療体系と考える。

(翻訳・中野史朗)

中野史朗略歴-開音堂施術所代表、身体均整師会副会長

東都リハビリテーション学院姿勢保健均整学科卒業、均整法を学んだ後、オステオパシー、長野式鍼灸治療法を学ぶ。

2010年からオステオパシーの通訳業務を開始、2019年より日本オステオパシー学会、アプレジャーインスティテュートジャパンで国際セミナーの通訳を担当。

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